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「カブ!」
佐助の助けを失い、崖を転がり落ちる政宗たちを助けたのはカブ頭の案山子だった。
彼は自分の一本足を犠牲にして、彼らの乗った板きれを深い谷底に落とすことを食い止めたのだ。
「おい、しっかりしろよ!?すぐに新しい棒を見つけてやるから!」
ぐったりと倒れたカブ頭を抱え、政宗が呼びかけるが彼はもう動きもしない。
「カブ……thank you」
命の恩人に、政宗は感謝を込めてキスをする。
ぷくぷくと身体を膨らませ、ゴムのように大きく伸び縮む姿には、すわゴム人形の来襲かと心底驚いたものだ。
「いやー、助かった助かった。本当ありがとう、政宗!」
古ぼけた案山子姿から一転、派手な傾奇者の衣装に身を包み鮮やかな羽飾りをあしらった大柄な男が現れた。
屈託のない人懐っこい笑い方をする男で、全身で喜びを表す幼くも爽やかな雰囲気が人の警戒心を薄れさせる。
「俺は、隣の国の王子の慶次っていうんだ。呪いでカブ頭にされていたんだよ」
「愛する者にキスされないと解けない呪いだね」
「その通り!政宗が助けてくれなかったら、俺は今頃案山子のまんま死んでたかもな。いやー、やっぱり愛の力ってのは強いね!恋最高!」
「はあ……」
上機嫌に笑いながら、政宗の手を取ってぶんぶんと振り回す。
それでも反応の薄い政宗を見て、上機嫌だった慶次はちょっとだけ困ったように眉を八の字に下げた。



「……そりゃ、男だとは思わなかったけどさ。でも性別なんて今更関係ないだろ?」
「え」



言われて初めて気が付いた。
慌てて慶次の手を振りほどき、政宗は自らの全身を振り返る。
鍛えて引き締まった腕、高くなった視点、喉に手を伸ばせば仏が大きく出っ張っていた。胸にぶら下がっていた脂肪も取れて体が軽い。
本当に、いつの間に男に戻っていたのか。
本来の性に戻れたのは嬉しいが、気がつかなかったのが恐ろしい。
幸村をきゅっと抱えながら、いつきが不思議な顔をしている。
「政宗、男だったんか……」
「佐助君の仕業だね」
ああ、そうだ。佐助と契約を交わしていたのだ。佐助と小太郎の間にある呪いを解けば、代わりに政宗の呪いを解くという。
ありがとう佐助。でも先に一言くらい言ってくれたっていいじゃないか。
いつきに何と説明すればよいのだろう。嫌われたらどうしよう。
戸惑っていると、小太郎と目があった。
目が合うといっても、彼の目は長い前髪で隠されているから正確にはわからないが。それでも彼が政宗を見ていることは、雰囲気でわかった。
ぴし、と、今度こそ固まってしまった政宗を見て小太郎が口を開く。
「その姿、久しぶりだ」
「…………驚かないのかよ」
「政宗のことで、佐助が知っていて俺が知らないことはないよ」
そんな簡単なことでいいのか。
くらくらと目眩を起こす政宗を横目に、仰向けに倒れていた小太郎はゆっくりと上半身を起こす。
何か言いたげに口元を歪めたが、それは固い床の上にずっと寝ていたからだろう。背中が痛くなっても当然だ。
心臓が元の場所に戻ったといっても、小太郎は大して変わっていなかった。
せいぜいがガラス玉のような両目が少し濃い色味を帯びて、素敵な夢を見た後のようにうっすらと頬に赤みがさしているくらいだろうか。
すっと政宗の頬に手を伸ばして、小太郎が眩しそうに目を細める。
今までで一番魅力的な笑顔だった。


「政宗が政宗なら、それでいい」


右の頬を優しくなぞられて、政宗は左目を見開いた。
そして困ったように苦笑すると、力の限り小太郎を殴り飛ばす。
「当たり前だ、馬鹿が!」
ゴッ!と良い音を立てて小太郎の頭が床と激突した。威勢のいい音に思わず声を出して笑いながら、政宗は赤橙の頭を今度は労わるように撫でてやる。
「今度、あんな無茶をしやがったらただじゃおかねえからな」
額にキスを一つ落とす。拒絶されたり、困った顔をされたらそれで終わりにしようと思っていた。
女のように細くも柔らかくもない腰に手を回される。男にキスをねだられるなんて想像もしていなかったから驚いてしまったが、仕方がないと苦笑して今度は政宗から小太郎に唇を重ねた。
やられっぱなしは政宗の趣味じゃない。





















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