小太郎→魔王/世界を征服したり人類を滅亡させる気はあんまりない
政宗→姫君/魔王に攫われて王子たち英雄に救われる役/大人しくしてる気は全然ない
幸村→王子/将来英雄になる可能性を秘めている優良物件/まだレベルが低い
かすが→居候/謙信様命
半兵衛→居候その2/秀吉一筋

その設定でもいいよ、って方のみスクロールお願いします。




































英雄<魔王











深い深い森の奥には、血のように真っ赤な髪の毛をした、猛獣のように鋭い爪を持った、人の心を持たない魔王が住んでいるという。
森の木々は大きく、広がる枝葉は複雑に絡み合って人々の心を迷わせる。森の中には道がない。魔王を恐れて、人間たちが入り込まないからだ。道と呼べるものには遠い昔から雑草が乱雑に生い茂り、とうに消えてしまった。先に進みたければ、兎や狐たちがつくった小さなけもの道を進まなければならない。魔物は道を必要としないのだ。
太陽が眩しい晴れの日には、木々の合間を縫って温かい陽光がきらきらと陰気な森に差し込まれるだろう。けれどその神秘的な光景を人の言葉で表現できる者は滅多にこの場所を訪れないし、ざわざわと冷たい風が木々を騒がせる音に鳥たちが羽を震わせているだけの、静かな静かな森なのだ。

子供を攫い、病魔を広め、死の前兆として永く恐れられてきた魔王は、けれど人間たちが彼の敷いた境界線に踏み込まない限り、無感情な慈悲を持って人間の存在を許してきた。そうやって人と魔は暮らしてきた。





しかし、その暗黙の契約は破られることとなる。
魔王が国王の娘、一人の姫君を深い深い森の奥に連れ去ったことによって。





深い深い森の最奥、中心部に建てられたひたすらに高い塔。
その最上階に、その人は囚われていた。
新雪のようにきめ細かい肌。
触れれば溶けそうなほどなめらかな髪。
そして芳醇なコニャックのように、甘くて力強い魅力的なトパーズ色を嵌めこんだ一つの瞳。
外へ出ないようにと窓に嵌められた鉄格子へ、その人物は凛々しく締まったしなやかな身体を寄せる。すらりと伸びた指をそっと這わせるような、そんな物憂げな、何気ない動作の一つ一つまでもが整っていて酷く美しい人だった。
魔王が見染めるのも無理はないと、国中の民は悲しく涙を流したものだ。

淋しそうに外を眺めていると、カツン、カツン、と誰かが塔を登ってくる音が聞こえてくる。
誰だろう、例え誰でもこの埋められない空虚な寂しさを慰めてくれることなどできまい。
ギィ、と重苦しい音を立てて扉が開かれる。
ゆっくりと振り向いた政宗は、しかし現れた人物にぱっと顔を輝かせて両手を広げた。





「お帰り、小太郎!」





囚われの姫君(姫君?)政宗が抱きついたのは、血のように真っ赤な髪の毛をした、猛獣のように鋭い爪を持った、人の心を持たないことでご近所に有名な魔王、小太郎である。
全体重を掛けていきなり飛びつかれた小太郎は一瞬びくっとしたが、しっかりと受け止める。鋭い爪で政宗を傷つけないよう細心の注意を払っているし、前髪で眼差しこそ見えないものの、政宗に対する雰囲気はとても柔らかい。血のように真っ赤な髪の毛のことは、溶かしたルビーみたいでとても綺麗だと政宗は思っていた。指で触れると、ひんやりしていてとても気持ちいい。
「俺がいない間に浮気なんてしてないだろうな?」
「……」
「よーしよしよしよし、偉いぞー。ご褒美に俺がつくったチョコレートを食べさせてあげよう。溶かして固めただけだけど」
ふるふると首を横に振る小太郎を見てさらに上機嫌になると、政宗は小太郎の膝の上に乗ってチョコレートを勧める。しなやかな指でかぼちゃチョコレートをつまみ、口を開けるよう催促すると顔を真っ赤にして小太郎はまた何度も首を横に振る。そんな幼い仕草が、政宗には可愛くって愛しくって仕方がない。
魔王と姫君(姫君?)
どっちが主導権握ってるのかわかったもんじゃなかったが、仲が良いのは確かなことだった。










世間の噂なんてあてにならないし、途中でどんどん中身が変わっていくものだ。
というわけで「魔王が姫を無理やり攫って幽閉している」なんていかにもファンタジーの王道目指した話も、ここでは単なる噂でしかなかったりする。










「小太郎、侵入者だ」
「大変なことになったね」
二人していちゃいちゃしていると、ズギャァアアン!!とよくわからん効果音&セクシーなポージングでかすがと半兵衛が煙幕とともに姿を現した。小太郎の食客である彼らも当然人間以外の生き物、または人間をやめた存在である。そして台詞の割に全然慌てた様子はない。
「侵入者だぁ?」
小太郎も憂鬱そうに口元を歪めただけで、政宗は大きくため息を吐いた。
実際、侵入者なんてそんなに珍しい話じゃなかった。政宗が小太郎のもとへ文字通り押しかけたばかりの頃は、噂を信じた自称勇者サマパーティーや正義の味方たちが「魔王にとらわれたお姫様」を救うため続々魔王のダンジョンへ挑んできたからだ。彼らが門をくぐる前に、全てお帰り願ったが。
「参ったな。俺が小太郎と一緒にいたくて国を出てきただけなのに、まだあんな噂を信じてる奴がいるとは」
「信じるも何も、普通はそれで正解だからね」
アナログ嗜好なこの城では、磨き上げられた傷一つない水晶玉を覗きこんで外の様子を見たり聞いたりしている。
やれやれだぜ、と肩をすくめて四人は頭をごつごつぶつけながら水晶玉を覗いた。
誰か遠慮すればいいのに……と小太郎は思ったが、彼も含めて全員場を譲る気はないらしい。こうして顔を近づけないと、映る映像が小さくてよく見えないのだ。
小さいながらも鮮明な映像は、一人の青年を映し出している。白い馬にまたがって、というか白い馬に仁王立ちして静かな森を爆走していた。バランスも崩さず堂々とした立ち姿だ。赤い鉢巻きと一つに結んだ茶色の髪がさっそうと緑の風になびいて、彼が立っているのが少なくとも平地だったならさぞかし絵になったと思われる。
「……大道芸人か?」
「…………」
「隣国の幸村王子だね。熱血とは聞いていたけど、これは凄いな」
感心、恐れを通り越して呆れの声。もともと王子と魔物の相性は最初から最悪なのだ。魔物は王子さまに倒される存在で、王子たち正義の味方は、魔物が守ってきた宝を根こそぎ持って行ってしまう。良い印象なんて持てる筈がない。
よって人外三人組の評価は悪かったが、白馬の王子様への好感度が高い人間が一人だけいた。
「hum……幸村、か。イイ男じゃねえか」
お姫様役の政宗だ。
ニヤリ、と口元を楽しそうに歪めて舌なめずりする姿はヒロインよりむしろ悪役の貫録十分だったが、好意を持っていることに変わりはない。
「……!?」
そして、ショックを受けたのは小太郎である。
なんだか嬉しそうな政宗を見て、今にも泣くんじゃないかというほどぐしゃっと顔を歪める。
水晶玉の中の王子さま、幸村は若いながらも精悍な顔と体つきをしていて頼りがいがありそうだ。前を見据えるレッドブラウンの瞳はきらきらと輝いていて、愛とか勇気とか希望とか未来といった前向きで綺麗な言葉を無条件で信じてしまいそうなほど光に満ちていて揺るぎがない。纏った赤い衣装は勇ましく、無謀を勇気と変えて今まで戦ってきたのだろう。背中の二槍もただの飾りでないことが、眩く光る槍先によって一目で分かった。
そして、何より幸村は「王子様」なのだ。政宗と釣り合わないはずがない。

まるで正反対だ。世界中の負を集めて出来たような、魔王の自分とは。

「……あー、違う違う。そういう意味じゃなくてだな」
両手で顔を隠し、ふるふると悲しみに耐えている魔王を見つけて政宗は慌てて手を振る。
「あのな、王子様ってのは基本的に姫役の人間にとっちゃ憧れなんだよ。人生一度くらいは悪い魔法使いや魔物に攫われて窮地に陥ってるところを、颯爽と白馬の王子さまに助けてもらったりしてみたいわけだ。まあ、俺は小太郎から助け出される必要なんてないんだけど。大体のことは全部自分でできるし」
だから心配しないでね、と、どこか寂しそうに優しく微笑んでくれる政宗に小太郎はきゅんとした。なんて良い人なんだろう。政宗は、小太郎のために自分の夢を諦めようとしてくれているのだ。
長年森の奥にひきこもっていたせいで、小太郎は人の情というものに飢えていた。昔は必要ですらなかったのだけれど、知ってしまったのだからしょうがない。基準が政宗一人しかいないから、幸か不幸か比較する対象もない。とにかく政宗に喜んでほしい一心で、青いドレスの裾を控え目にそっと引っ張った。不思議そうに見上げる左目。じっと見下ろす前髪の奥の両目。
「え、なに」
「…………」
「……やってくれんの!?本当に?うっわ、やったThank you 小太郎大好き愛してるー!!」
ぽそぽそと小さい声に返って来た、ぱあっと花開くような極上の笑顔。ぎゅっと抱きついてゴロゴロと甘えられれば、惚れた相手だ。つられて小太郎の顔も嬉しそうに綻んだ。我ながら良い提案をしたものだと思う。愛しさをこめて抱きしめ返すと、背景にピンクの花が飛んだ。



小太郎が政宗に提案したことは、そう難しいことでもない。
たった一言だ。

自分が悪い魔王役をやろうか?

良い悪いは別にして、小太郎は最初っから魔王なのであるが。



「……遊ばれてない?小太郎君」
「人生×××年生きてきて、初めてできた恋人だから……」


背後で何かを諦めた半兵衛とかすがの声。
こうして一人の人間の無邪気なお願いによって城の門は開かれ、一人の王子は初めて魔王への挑戦権を得た。










→後編

07.10/31