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「死ぬかな」
「死ぬだろ」

ぽつりと呟いた声に返ってきたのは抑揚のない、というか言葉に感情をつけるのも億劫だと言いたげな疲れきった声だった。最期に聞く言葉がこんなに愛想に味気ないものだなんて、虚しいことこの上ない。そりゃあこの人はいつだって、俺に愛想の欠片も寄越してくれたことはないけれど。自分の好きなようにしか動かない人なのだ。
ひゅう、と喉から気の抜けた音を出してため息を吐くと、死ぬだろう、と、もう一度同じ言葉を落とされた。
「死ぬように斬ったんだ。生きてられたら俺が困る」
さっきと同じく疲れきった声で、血に濡れた刀をその手に握り締めたまま。
仰向けに寝転がったまま政宗のその姿を見上げていると、ぽたりと赤い雫が刀をつたって落ちて、戦に焼けた地面に沁みていくのがよく見えた。特に感想はない。
黙って眺めていると、ざくざくと音を立てて六振りの刀身が地面に沈む。刀を地面に刺して、政宗が地面に胡坐を掻いて座り込む。
目が合うと、口元を大きく歪めてニヤリと笑った。憎たらしい。

「辞世の句があるなら聞いてやるぜ」
「そんなもの」

何の役に立つものかと嘲笑う。
嘲笑おうとして失敗する。頬が僅かに引き連れただけで、こりゃあ死ぬのも時間の問題だなと血の回らない頭で考えた。さっきからごうごうと風の音がうるさくて、政宗の声を聞き取るのも一苦労なのだ。風なんてさっきまで少しも吹いていなかったくせに。
袈裟懸けにざっくりやられた傷口に手を伸ばせば、ぬるりとした感触が手を包む。
明らかに生きてる人間が流す量の血じゃない。俺の血だらけの手を見て、政宗が厭な笑いを引っ込めた。自分が斬ったくせに、何でこの人は痛ましいものを見るような目つきで俺を見ているんだろう。遠慮も躊躇いもない、真直ぐな太刀筋だった。わざわざ言われなくたって殺す気で向かってきてたことはすぐにわかった。それなのに、今はこんなにも淋しそうな顔をして俺を見下ろしている。
淋しそうな、というのは俺の希望だけど。目も霞んできて、実のところ目の前の政宗の顔を見つめることすら難しくなってきた。けれど笑っていないなら、せめて悲しい顔をしていてくれればいいと思う。少しでも俺の死を悼んで欲しいと思う。自分の好きなようにしか動かない、こっちの気持ちなんかお構いなしで、いつだって俺を困らせてばかりの人だったのに。政宗の前から俺の存在が消えてなくなることが怖ろしくて仕方がない。
何でこんな人間を、アンタを、俺は、ああ、だって今でも俺はアンタのことが。





「――すきだよ」





頭に浮かんだ言葉は、拍子抜けするほど簡単にするりと口をついて出た。
こんなにも簡単なことだっただろうかと、自分自身首を傾げてしまいたくなるほど。
たった四文字のことなのだ。
「だいすきだ、政宗」
石のように重い腕を上げて、政宗のいる方向へと伸ばす。霞んだ視界のせいで彼の顔を見ることは叶わなかったけれど、俺の手を強く握り締めてくる政宗の手が小さく震えていることがわかったからそんなことはもうどうでもいい。
馬鹿野郎、と疲れきった声が聞こえたような気がして、泣きたくなった。
それが幸せなのか不幸なのかもわからないまま。



(忘れてくれるな)
(忘れるな、お前を殺した俺のことを)










ああ、

死にたくないな











ラブソングの終止符は鳴らない
06.10/7